自分という大切なもの

wataru-w2009-05-05

 8ヶ月ぶりに記事を投稿(^^ゞ サボりすぎですね。
 さて、「自分」って、何でしょうね? あれ?前にも書いたかな?ま、いいですよね。「独り言」ですから(^^ゞ
 私は『「自分」が「自分」で他の人とは別なんだ・・・。』という事を中学の時に気が付いて、とても衝撃的でしたね。。。これって遅いのかなぁ?こういうのを「物心がつく」というのかと思っていましたが、ちょっと違うのかな?Webで検索してみると若干違った意見もあるようです。初めての記憶の事を言うのなら、私は、お腹の中にいて、生まれたときの感覚を覚えていますね(笑) あと、小さいころ写真に撮られたシーンも全部覚えていますしね。この記憶の良さが、学校の勉強に活きると良かったのですが(笑)全然役に立たなかったようです。 エピソード記憶だけはすごく得意で。。。暗記物は不得意です(^^ゞ そういえば、小学校1年の始めの頃に「みんなあつまってぇ!」って伊藤先生に言われて、私だけ、集まらなかったなぁ。。。「みんな」というのは、自分以外の人の事だと思っていました。変な子ですね。。。だって、テレビで、「みんなあつまってぇ」って言って集まるのは、テレビの中の子供じゃないですか。。。私は集まれませんもんね。変ですかね?私。いや、すぐ理解しましたけどね。
 おっと、また、脱線してますね。他人と自分という「もの」は別の「もの」で、他人には他人の考えがあり、自分は他の人とは違って、いなくなったら同じ自分はもう二度と現れない。守るべきは自分。大切な自分。。。こんな事を考え始めてから、人間は不幸になるんじゃないでしょうか? 「自分が、自分が」と言っていると「我」が出てきます。大切な自分が先に出てくると、相手を思いやることが出来ませんよね。「自分」って一人じゃ生きていけませんよね。何人もの「他人」が電気を供給し食べ物を生産し、秩序を守り。。。そうやって「自分」は生きていますよね。。。「自分」は後でも良いんじゃないでしょうか?
 そうそう、英語って、まず、「自分」を中心に考えますよね。日本語というのは「他人」が優先されますね。これほど、便利な言葉はありませんよね。日本語は仏教に適した言語だったんでしょうか?仏教が日本語に影響したのでしょうか?相手を思いやる日本語をもっと大切にしてみようと思います。